松尾東莱

 実名世良、字子顕、東莱と号する。
 刀圭(医術)をもって高須藩に使える。『職禄名譜』には、寛政三年十月廿三日御医師に召抱えられた松尾順成という人物があるが同一人物か。
 尾張藩明倫堂教授岡田新川に学び詩に優れる。川内当々、川合春川、菊池五山、大窪天民らと交わる。
 菊池五山の『五山堂詩話』に「高須の松尾世良、字は子顕、東莱と號す。年、宿肉を過ぐ。詩力 益々健なり…」とある。
 稲毛屋山編集の『采風集』(文化五年刊)に「松尾世良、字子顕、東莱、高須侯医官」とあり 「尋花」「和浅野生韵」の二題が採録されている。
 著書に東莱焚餘(文化十三年発行)がある。
 (濃飛文教史、東莱焚餘、五山堂詩話、職禄名譜)


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