座田維貞

 『濃飛文教史』に高須藩医速水玄仲の子とあるが職禄名譜には速水玄仲の名は無い。明治四十五年三月に書かれた肖像画の賛に「美濃国高須の医師速水玄仲の男」とある。
 廷臣院雑色座田維正の養子となる。
 字は子正、梅音と号する。正六位下に叙され右兵衛大尉に任じられる。
 京都学習院掛を勤めた。
 著書に国基がある。国基は、安政二年十月尾張藩明倫堂にも献上している。
 座田維貞の高須出身である記録が不明だが、国基題詠集には、高須藩士である澤田小十郎、林正幹の漢詩、和歌が載っている。
 安政六年八月二十二日没。墓は京都妙連寺にある。


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