棚橋嘉左衛門

 実名敬武、通称始め嘉東太のち嘉左衛門と改める。隠居号風鳶。
 儒官棚橋嘉左衛門明之の子、享保九年二月十四日生まれ。延享二年添書見習に召出され、以後右筆、納戸、留改役元方、勘定奉行、領知奉行を歴任する。高須藩に長沼流を伝える者がいなくなったため高須藩主の命により尾張藩士近松彦之進茂矩が棚橋嘉東太に奥義を伝えた。のち宝暦九年九月免許皆伝となる。又、謙信流兵法を小島又四郎宴東、静流薙刀術を古田官兵衛正虎より学ぶ。古田官兵衛正虎の後、高須藩の静流薙刀術師範となる。
 寛政七年十二月廿九日隠居、文化三年六月四日没する。高須瑞応院に墓がある。
 著書に近松茂矩共著「兵要録講義」がある。
 (張藩武術師系録、尾三剣士略傳、職禄名譜、長沼流留、墓碑)

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